昭和46年7月18日 月例祭


今日は、昨夜から青年会の方達が、教会に泊まらせて頂いて、そして、えぇ、一夜信心実習会と、いうような、あぁ、信心共励会、共励を致しました。昨夜から、今日の1時の御祈念の終わるまででございます。まあ熱心に色々信心の、おぉ、研修をなさっておられました。ちょうど私が、えぇ、9時半から、ちょうどお昼まで、えぇ、私の、がっ、の話をすることになっておりましたから、お話をさして頂いたり、また、あぁ、お話を致しましたことに対しての質問事項などを、聞いてはそれに答えるというような、ことでございました。んん、結局信心をさせて頂いて、えぇ、おかげを受けるということ。えぇそれは、信心をしてお徳を受けるということ以外にはないと、初めにも神様にお願いをして教典を開かして頂きましたら、えぇ「徳のない間は心配をする、神徳を受ければ心配はない」という御理解であった。終わってしまったから、また一口、えぇ、何かお話をしてくれとこう言うから、また教典を開かせて頂いたら、やっぱりそこであった。いかに神様がおかげを受けてくれよと、いうのはね、日々を、ね、どのようなそれは場合であっても、日々起きてくることは、あぁ、もうそれこそ今朝の昼の御理解じゃないですけれども、ね、この地球というものは、私共がこうやって座っておると、なんでもないじっとしておるようであるけれども、実は凄まじいまでの、おぉ回転を、をぉ発しながら、回転に回転をし続けておるということなんだ、実は動いておるということで、ね。ように例えば、あぁ、今日も平穏無事でしたという、言うても、その平穏無事と言うても、もう、おぉ、一時間前と一時間後というたら、実をと言うたら、もう動きに動いておるけれども、ただ平穏無事であるように見えるだけのことである。ね。だからこそ信心は釘付けではない、自分の心が言わば、動きに動いておらなければ、ね、そうした、あぁおかげからおかげへの進展になってくる、そのおかげをキャッチしていくことは出来ないと、ね。人間がそういう目ま苦しいまでの、動きの中にあってです、ね、それはだから、もう接することはちょうど汽車の(?)をしておるようなもの、ね、それこそうつく景色が、目に映る景色というものは、もうずっと変わっておるのだと、ね、トンネルを潜ったかと思うと広野原に出ておる、ね、棟やら寺が見えてきたと思うと、もう都会に入っておるというようにです、私共の日日というものは、それが本当なんだ、だからそうっ、どういう事に直面しても、良しそれが真っ暗いトンネルの中に入りましてもです、心配せんで済む信心、神様が一番、氏子に私共に願ってござるのはそういうことだと思う。ね。ですからおかげを受けてということも、なかなか、えぇ、はやり、お願いをして、えぇ、まあ病気が治ったとか、ね、様々なお願いしたことが、成就するということも勿論おかげに違いありませんけれど、そういうおかげを通して、私共がいつでもどんな場合に直面しても、心配せんで済む、言わば信心する者はこれから先どのような事が起こってきても、驚いてはならんと仰せられる、驚かんで済む信心。心配せんで済む信心。そういう信心を私共が身に付けた時、はじめて神様が喜んで下さることになるのじゃないだろうかと。ね。ですからもうその、眼目と言うかね、その観点というものが、あぁ、はっきりしなければならない。ね。だから結局、眼目っ、昨日、おぉ、夕方からでした、お弟子さんを連れて久留米の、あのお庭をなさる、梅里という先生がおられます。ここの庭を作成された方です。えぇ、久冨委員長が、こうしてここで御造営がはじまるから、また庭をお願いせねばならんということを、言うてあったらしい。だから下見をして構想を練りたいというので、昨日はまあ下見にみえた。ちょうど時分になりましたから、お食事でも一緒にあげながら、色々話を聞かせて頂いたんですけれども。私は弟子を取る時にですね、例えば同じ仕事を覚えたいでも、今はなかなかその、ああいう庭園ブームですね、言わば石を集めることの、が流行してある、(?)もう、ちょっとしたお家でも、庭の一つも造るというようにまあそれだけ人間がゆとりが出けてきたわけでしょう。そういう一つのブームになっておるから、庭師になったなら良かろうというようなことで弟子入りにくる奴は皆断りますっち言うんです、ね。「私はそれが好きです」と言うのならば、わたっ、もう、みんな自分の弟子にしても良いと思うておりますとこう言うです。もう「好きこそものの上手なれ」です、ただ、あぁ商売で覚えよるというのと、(?)は造りきはきらん、ね。「好きこそものの上手なれ」でありますから、好きな人でなからなければ、弟子には取りませんという話を聞いて、あぁ庭師さんは良いなと思うた。ね。ここでもどうでしょうか、参りをしてくる、「あなた信心が好きですか?」っち、「いいえ私はおかげの方が好いております」、「そんならごめん蒙ります」とは言われん。「ああそうですか」と、おかげならおかげをお届させて頂きながら、そしておかげを渡さして頂きながら、信心を説かせて頂くというのですから、なかなかやはり難しい。これは何十年、一生やはり、それで、終わるという人がまたどのくらい多いか分からない。ね。そこに例えば「ここには信心の稽古に来る所」と仰せられますが、果たして信心の稽古に通うておるだろうかと。ね。信心の稽古と言うても、その稽古の焦点をはっきりしながら、信心の稽古をしておるだとうかと。ね。ただいきなり、拝んだり参ったりしておるだけ、ただお話を沢山頂いただけが信心の稽古のように思うとりゃせんだろうか。そういうようなお話を今日は青年会の方にさして頂いた。結局まあ、出来るなら、今日を境にですね、そういう信心の稽古をさして頂く下拵え、まだ信心の稽古の前、その姿勢を創ることを先ず先決にしなければならない。そして後にも先にも頂きます、ね、「信心のない間は心配をする、身に神徳を受ければ心配はない」という程しのです、その心配をせんで済む程しの信心、ね、心配をせんで済む程しの御神徳を身に付けさして頂くことを持って、目指しとさしてもらう、願いとさしてもらうということにならなければならないと、言うて、終始そのことのお話をさして頂いたのであります。ね。やはりここんところのね、眼目というものが出けておらなければ、言うなら、梅里さんじゃないけれども、信心が好きで信心の稽古をするのならば、弟子に取っても良いとこう言う、ね。だから私共の、例えば願いとするところがです、ね、なるほど心配せんで済むなら心配せんで済むが良いのだけれども、実際問題はそういうわけには、生易しいものではない、これで心配せずにはおられようかと、いうことにまでなってくる。「もうそげんばあちゃん悔やみなさなんな」ち、「そげなこつ言うちからお前は、こん、悔やむ時ぐらい悔やませて下さい」ち言うちから、悔やまっしゃる婆しゃまもあるぐらいですからね。「笑笑」、だからそういう主義の人はまた別です、心配地味とかですね、言わば悔やみ地味っちいう主義の人は良かばってん、まあ悔やみ地味でない、悔やまんで済むようなおかげ、心配せんで済むようなおかげ、ね、そういう例えばおかげを頂かせてもらうことを焦点にしていかなければならない。それが信心の稽古である。といことになるのじゃないでしょうかね。
今日は、私朝から非常に体がきつい。もう済まされれば横になっとろうごときつい。お月並祭、もう、じっ、後十分ですよと家内が言うてくるまで休んどった。お食事をしてお風呂は頂いて、そして休ませて頂く。休んどったが一番楽。ね。それでもやはりお月並祭ですから、装束着けて、ここへ出らせてもろうて、霊神様の前に出らせて頂いて、そしたら座らして頂いたもう瞬間、私の心の中が何か生き生きとして来て、なんかそんっ、つかさっ、疲れが取れたような気がする。それはどういうことかと言うと、ちょっとこう霊様の前に座って(?)さして頂いたら、神饌物が見事に垢抜けして、スキッとした神饌がしてある。不思議な事ですね、垢抜けした物を見る、スキッとした物を見る、真心の込められた物に接する、私の心は嘘のように生き生きと、おそらく目の輝きまで変わってくるだろうと思われるくらいに生き生きしてきた、生き生きした心で霊神様にご挨拶を申し上げることが出けた。只今、お祭を仕える前に、先生方あそこに並ばして頂いた時に、横に座ってござっ久冨先生に、「今日はあんた、私はあんたに感謝せんならん」と言うて話したことであった。「どうしてですか?」っち、「いいんや今日の、あの神饌物を見せて頂いとったらね、あまりにも垢抜けしておる、スッキリしておる、」ちょうどここ14・5日、お家の都合がございましてから、休んでおられました。でその間は、あぁ博道先生が一人で、お月並祭の時なんかの神饌を一人でやっとりました。まあ形は、あぁ、整うたりしておりますけど、もう切らんで良か物もんも切ったり、もうみんなノリでこう貼っつけよる、ノリっち言うかね、あのテープとか貼り付けよるわけです。で、神饌がしてある。もうもう、スッキリせんこと夥しい、まあけれども、まあ、稽古だから、それにどうとは思わなかったけれども、そういう後に、今日、久冨先生の神饌であったから特に、それがスッキリと垢抜けして見えたのでしょう。それが見えただけじゃない、私の心が疲れ切っておる、疲れ果てておるその心にです、それこそ一杯の冷たい水を与えられる程しに、有難いものを感じた。(テープがちょっと飛ぶ)スッキリした物ちそんなに素晴らしい効力があるのですよ。ね。本当に喉が渇いて渇いて仕方がない時に、それこそ氷水のような水を頂きますとです、ね、もうそれこそ、「はぁ甘露」とおもわず言わにゃおれないような心がね、体までも肉体までも生き生きとさしてくれる。けれどもね、そういうのはまた束の間である。ね。それが持続することは出来ない。ね。そこでね、私共は思わしてもらうのですけれども、お互いの信心がね、それこそスッキリと、垢抜けした、そういう皆さん信心を身に付けて頂きたいとこう思うのです。それこそ目の覚めるような信心なんだ。ね。目の、目の覚めるような信心とは、どういう信心を言うのであろうか。スッキリとした信心とはどういう信心をスッキリとした信心と言うのであろうか。
私は今日、おぉ、青年会の方の沢山質問のあった中に、こういう質問があった。「先生、私は熱心に信心したいと思うけれども、家内がよう付いてきません」ちう、ね、「大抵、(?)の時は黙って付いて来よったばってん、もうこの頃は全然付いてきません。いやむしろこの頃、その信心に対して批判的である」とか、ね。「こりゃどういう信心、どういう風に言うて聞かせたならば、信心になるじゃろか」という質問でありました。そんで私は、「それはもう大変難しい質問だね」と申しました。同時にまた、大変見やすい信心だな、(?)言うて話したことでした。どっちがほんなこつかも分からん。「大変に難しい」難しい証拠に何年がかりでまだ嫁子をみちびっ、導きっとらんのだ。ね。と言うて私は、あぁ、私の、おぉ、結婚、それから家内が信心ににゅうしてっ、入信してくる時分の話をさして頂きました。
私が信心をしておることはもうはじめから知っ、結婚する前から知ってますから、一緒に、結婚前にも教会にお参りをしたことすらがあるくらい。ですから、まあ否応無しに、私が参るといやぁ付いて来ておった。けれども金光様の信心が有難いとも、どういうもんとかというのも私自身も良く現しきらんし、自分は有難いと思っとるけれども、現すところまではいってない。ところがたまたまね、私が、あぁ、まあお医者さんに言わせるとチビスと言う、ね、チビスと言うのは熱が大変、で体にずっと斑点がでける、それからお医者さんの診察を、かいっ、乞いましたところが、診られるとこれは間違いないそうだと、今晩一晩置いて、明くる日は病院に連絡を取って、いわゆる非病院ですよね、隔離の、しなければならない、だからそのつもりでおってくれと言うて帰られた。さあそこで家内が、少し心配になり出したんですよね。そこで家内、ちょうど小一里あります、カンオンジホウという所から、そこに、こんっ、北京の教会がありました。そこでお参りをしてくれた、ね。それこそもう一生懸命にお願いをさして頂いて帰って来た。おかげで熱が下がってきた、朝方にはこの斑点が無くなった、お医者さんは私を隔離しなければならん、その為に色んな準備をしてから、私の方に来て下さったところが、その熱が無いわけです。それからもう次の日はで、家内がおごられよることおごられよることばさらかおごられよる。その熱冷ましかなんかを飲ませたというわけなんですよね。「ところが先生、私はどぉもしておりません」ち、まあえらい言い訳しよる、そげな(?)ち、夕べは斑点まで出とったっちゃから、そげなものかっち、それならまあ、とにかく(?)のちほど結果をなりましたけれどもね、まあとにかく良うなったつが腹ん立ったっちいうごたる風で、怒られよります。ね。それっきりおかげで、おかげを頂いて、えぇ、その、斑点が取れた、熱は下がったけれども、それから40日間私は起きりませんでした。やっぱり実際はそんなに酷かったんでしょう、神様がそれこそ、天を地に、白を赤にと今日御理解にありますように、それこそ手の平を返すようなおかげを下さった、ね。けれどもやはり、中にはです、その病気だけはあったんでしょう、とにかく立ちきりませんでしたから、ご飯が全然頂かれませんでした。ね。もうとにかく、あの、あちらに美味しくない梨がありますけれども、その梨が食べとうて食べとうてたまらん、だから梨を大変沢山買い込んで、表に大きな瓶の中に入れておくと、もう冷蔵庫に入れたように冷たくなるわけです。そしてご飯は食べずに梨ばぁ~っかり食べました。よう美味しくもない梨をあんなに頂いたもんだと思う。その40日ばっかり経ちました頃です、私のその借家におりました、あぁ朝鮮人の方がですね、朝鮮漬けのお供えを持って来てくれた、お供えじゃない、その、ん、漬物を下さった。もう私はあのニンニクの匂いと、中に生魚、魚が入ってるんですよ、もう大嫌いなんです。ところがその匂いをきいたらですね、途端にご飯を食べてみろうかという気が起こりました。それからその朝鮮漬けでご飯食べ、つくようになりましてから、ご飯が美味しゅうなって、それから元気が出ておかげを頂きました。まあそのことを今日話させて頂きながらね、あの梨ということやら朝鮮漬けといったようなことやらにも、やはり御神意があったのだけっ、だろうけれども、今まで気が付かなかったと言うてそのことも話したことでした。ね。梨ということは、いよいよ自分を空しゅうするということやら、死ぬるということやらに通じるでしょうね。やっぱそんなに酷い病気であった、それをですね、朝鮮漬けです。それこそ、真心です。ね。朝の神饌の饌、鮮やかさといったような、そういうような、あぁ、神様の御神意、御深慮の中に、40日間過ごさせて頂いておかげを頂いたが、それ以来、家内が、金光様の信心の有り難さ、と言うか、あらたかさを分からして頂くようになり、私が御祈念をしておれば必ず後ろから一緒に御祈念を、言わんでもしてくれるようになったという話をさしてもらった。だから結局、しんじっ、あの、難しいことでもあるけれども、見やすいことなんだ。ね。それ程しに私の信心が、言うならば鮮やかであったんだと。ね。だからこれは結局その、信心をする中心の人がです、今日申しますように、少しはスキッとした、垢抜け出した、「なるほど家のお父さんが言うことは違う」と「言う通りにしておけば間違いがない」とか、ね、「なるほど信心をしておるから、人物もこうだ」ということがです、分からし得るということがね、私は、「あんた方の家内が、もう黙って付いてくることじゃろう」ということになるとです、ひとつも難しいことじゃないことになる。じけんっ、自分が出けんなりに、連れてこうとするところに難しさがある、言うて聞かせて分からせようとするところに難しさがある。言うて聞かせてからども分からせるといったようなことでは、とてもとてもおかげにはならんと言うて、ね、そういうことは至って見やすいことであると同時に大変また難しいことだと言うてお話をした。というように、その中心が少しは垢抜けをするということなんだ。ね。言うならば今晩の皆さんの一人ひとりがです、家庭の中でです、ね、「どやこう言うけれども家の家内が言う事する事は違う」と「家のお父さんは」と、ね、そういう信心を私は頂く、ね、そういう信心はです、ね、せっかくさせて頂くのでございますから、ね、おかげを頂いて、ね、どのような場合にあっても、心配をせんで済む驚かんで済む程しの信心なのであります。ね。そういう信心を、なら頂かなければならんということはです、おかげを目指すという信心、ね、おかげを目指すと言うと、誰でもおかげを目指しておりますけれども、ね、信心を本気で目指してはいない。しょっ、信心の焦点、信心のしっ、ね、そこの、おぉ眼目になるところを中心にしたところの信心。ね。「信心しよっても病気するでしょうか」ち、「信心しよったら病気はどげんなるですか」と、「薬は飲まんでもおかげ頂くですか」と、そういう質問もあった。ね。だからこれは、あぁ須田先生のお話じゃないけれども、ね、文雄先生がそのことを一辺質問したら、それこそ文雄先生が、顔ばこう、もう、それこそしげしげと眺めて言われたと(?)黙ってから、「金光様の信心しよりゃ病気はしませんよ」っち言わっしゃった。ね。だから金光様の信心しとって、病気をするごとあるなら、まぁだまだどこかおかしいんだと、「なら親先生あなたの病気しとりよるなさいですか」ち、ところが、私の場合は病気じゃないって。神様のご都合だと。糖尿病なら糖尿病という名の神様のご都合だとして、焦点を置いとりますから、その病気はいつも私がより信心を分からして頂くことのための、それは材料でよる他にはないのです。まあそういう意味なんですよね。須田先生は、「信心しよっ、信心しよりゃ病気はせんですよ」ち言わっしゃった。ね。そこまでのね、またはそういう高度な信心を、一つ目指さして頂いての、信心、焦点、眼目でなからなければならないと、お互いが心配しとると言うても、心配をいい加減ににして、心配をし貫かない。ね。悩みがあると言うても、なやっ、ただ悩んどるだけで、悩み、悩み貫かない。悩み貫かなきゃいけん、心配し貫かにゃいかん、その向こうにです、私は、しっ、なるほど心配せんで済むおかげ、なるほど心配することじゃ無かった、悩む問題では無かったと、お礼の申し上げれるような信心が、段々身に付いてくるわけであります。これが神様の願いであり、うんならそれは私共また願いでもあるならばです、その願いの方へ向かって、うんならそういう信心を頂くためには、どういうところから先ず手始めにおかげを頂いたら良いかという、信心の稽古をさして頂く前の、先ず姿勢をです、大事にしなければいけないと思うのでござます。どうぞ。